艦内神社ノ世界

雨の九州調査実録(2015年6月)

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 6/14に鹿児島で東方イベントに参加するので、ついでに九州各地で資料を漁ってこよう、ということになる。

 これだけだと意味不明だと思われるが、九州にはSUNQパスという九州の路線バスを三日間乗り回して1万円ぽっきりというお得な乗り放題切符が出ており、要するに単純に鹿児島を往復するよりもこの切符を使った方が安く上がるのだ。なお自宅大分からだと長崎や佐世保もSUNQパスの方が安い。

 そういうわけで、本来6/13夜出発の夜行バス往復の0泊3日でいけるところを、6/12朝出発の0泊4日にして、鹿児島のついでに宮崎と熊本の資料を漁ってくるようにした。
 自分の調査の鉄則として、基本的に単発で調査に行くことは控えて何かのイベントなどのついでに各所に寄って調査するようにしている。何故かというと、基本的に資料調査は成果無しなことのほうが圧倒的に多いため、何かのついでにしないとその調査旅行自体が丸々無駄になりかねないのである。さすがにそれはつらい。

   
6/12(金曜) 大分→宮崎→鹿児島へ

 第一ランナーは東九州道の延伸により春から大分~宮崎を結ぶようになった高速バスである。今まで機会が無くようやく乗れた。

 約三時間半で無事に宮崎到着。早速図書館へ・・・の前に昼飯である。腹が減っては何とやら。

 4年ぶりくらいにおぐら本店へ。なおこれも「ついで」の一環である。図書館籠もって何も出てこなかったらつらいし最低限の名物くらいは抑えておきたい。(重要)

 腹ごしらえして満足したので宮崎神宮の横にある宮崎県立図書館へ。昨年一月以来二度目ではある。
 ここでは主に戦艦日向の件で調査。前回6月頭に広島で調査した際に見つけた資料に載っていた、日向が宮崎神宮で神霊を奉祀した時期の新聞を確認。ぶっちゃけ日付が解っていれば楽勝案件であり、あっさり確保は出来た。ただ、参拝したことは間違いないものの、このときに分霊したかと言う点は明確にはならなかったのが心残りではある。

 宮崎県立図書館では過去の新聞は画像化されてDBとしてPC内に保存されていた。記事内容のテキスト化はされていないのでテキスト検索は不可能だが、マイクロフィルムのようにロールの取っ替えが必要ないうえ、日付ぴったりに出せるので大変に有難い。
 その他都農神社の件や軽巡大淀についてもすこし調べてみたが、こちらは成果無しであった。

 そして宮崎を離れる。さらば宮崎。

 

 また三時間ほどバスに揺られて鹿児島に到着した。今度はそのまま図書館へ。
 17時半に到着して閉館の21時まで新聞コーナーに張り付いて新聞をめくる。ここの過去新聞は明治から縮刷版として開架に置かれていた。これはこれでマイクロフィルムよりは捗るのでありがたい。ただし物理的に新聞を回すので重い。とても重い。
 最初は由良神社の蘇鉄の件 1で調べていたが、一時間以上費やしたものの特に大きな成果はなし。
 次に軽巡川内の件で竣工前後を再度調査。以前横浜の新聞博物館で調べた際、竣工直前に地元から川内川と新田神社の油絵を贈られていたことは解っていたのだが、更に5月以降を見ると続報などがあった。それだけでも十分な成果だが、さらに7月に川内が串木野に寄港、新田神社に参拝して祭神を分霊したという報道が発見された。

 閉館直前だったので複写はあきらめて出る。鹿児島中央駅前に戻って駅前のジョイフルで晩飯。乗る予定だった桜島号夜行便が満席で取れなかったのでネカフェに泊まるかギリギリまで悩んだ末に大分行きトロピカルの夜行便を確保。乗り放題なので夜行便も無料なのである。

 

6/13(土曜) 竹田→熊本→大分

  大分まで戻るのもなんかアレだったので竹田市の玉来で降りた。ここから3kmほど歩けば朝からやっている温泉があるのだ。

 時間が有り余っていたので岡城とか広瀬神社の方面まで歩いてみたりした。結局6kmくらい歩いている。

 温泉は竹田温泉花水木。大変オススメである。

 オススメである。

 

 その後8時過ぎに熊本行きのバスに乗って11時前に熊本に到着。そして早速ご飯。
 とおもったら雨が降ってきた。そして傘を持ってくるのをすっかり忘れていた。ウカツ。

※九州のチャンピオンカレーは熊本にしかないのである。

 カレーを食べた後、水前寺公園近くの熊本県立図書館へ。
 先日の調査で軽巡球磨の艦内氏神神社が市房山神宮と解ったので、それに関して調査を試みる。

 球磨の竣工は大正9年8月なので市房山神宮の奉祀はこの5年の間と言うことになる。さすがに5年分も新聞を見るのは不可能なのでとりあえず竣工前後を見ることにする。が、竣工前後は何も出ては来ない。さすがに5年のマージンは大きすぎてどこを見て良いか解らずギブアップ。
 岡原村が併記されていたことも気になり見てみたが、村内には市房山神宮と繋がるような神社も特には無くこちらもよく分からず。ほとんど成果がないまま図書館を後にした。
 なお、ここも新聞はデジタル化されておりPCでの閲覧であった。前回来たときはマイクロフィルムを回したので最近デジタル化したようである。宮崎と同じく中身の検索までは出来ないが、やはりこちらの方が利便性は高い。なによりもここはPC接続のデジタルマイクロだったので操作が面倒だったのだ・・・

 

 日曜日のイベントの在庫は家に置いたままなのでこの後一旦大分へと帰ったのだった。乗り放題切符のなせる技である。
 結果的に熊本には金沢カレー食いに来ただけであった。美味かったから良いけど。良いけど。

 鹿児島行きの夜行バスで再度出発。寝たら鹿児島なので便利。

 

6/14(日曜) 大分→鹿児島→大分

 朝からジョイフルしてたら知り合いが居たりする。

 今回イベント会場と鹿児島県立図書館が近かったので、サークル入場が始まった直後にスペースに荷物を放りこんで一旦退出、先に金曜に図書館で見つけていた資料を複写しておいた。割と時間が掛かったのでこれは正解であった。というか縮刷版5冊を二階のコピー機までは結構つらい。

 イベント終了後にも再度図書館に突入。鹿児島新聞の縮刷版の他にマイクロフィルムで鹿児島朝日新聞があったので、それにあった川内の参拝記事を拾う。こっちだと参拝のみ書かれており分霊の件には触れられていなかったので、やはり複数新聞の確認は重要である。
 その後二階の郷土資料が充実していたのでいろいろと確認していたところ、思いも依らぬものを発見したりした。

 Togetter:軍艦川内に贈られた川内川と新田神社の油絵について

 そんなこんなで三日間の取材を終了。大体いつもこんな感じで動いたりしている。
 なお、今回入手できた史料は割と豊作なほうであり、熊本のように何も見つからないこともかなり多い。

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Notes:

  1. 昭和2年に軍艦由良から由良神社に奉納された蘇鉄は奄美大島のものであり、由良は同年8月に奄美大島に寄港していることが解っていた。
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