艦内神社ノ世界

面倒な判定とネットに広がるデマ

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情報の取捨選択

 さて、前述のように資料を集めてきた。が、それをまた振り分ける作業がある。すなわち、信頼できる情報なのかどうかの判定である。
 当時の新聞にある分霊報道が一番信頼性が高いのだが、やはりすべての艦からうまいこと情報が見つかることはない。
 一番多く見つかる情報元は、乗組員記念誌などの元乗組員の記述である。また、戦記系の本にも稀に出てきたりする。そして、このような記述は本人の記憶力に左右され、さらに他の人の検証が入ることがめったに無いため、内容の信頼性に気をつけないといけない情報となってしまう。

 次に具体的に過去にぶち当たってきた怪しい情報の例を挙げる。

戦艦長門の例

連合艦隊司令長官山本五十六とその参謀たち」(テイアイエス,2000)という本に次のような記述がある。

『ところで、この大戦艦「長門」の中部後甲板には御真影の安置所があり、この部屋には「長門神社」が祭ってあった。これは長門町の長門神社から分祠されたものだった。一四〇〇名の乗員たちは、心をこめてこの神社に祈願したものである。たまたま艦隊が萩に入港した時には、「長門」では陸戦隊一個小隊が編成され、艦長と共に「長門神社」の本社に参拝に出かけた。艦長以下の一行は、小隊に先行して萩の駅から鉄道で長門駅に向かい、神社で宮司らと話ながら小隊の到着を待つ。(中略)そして小隊長の「捧げ銃」の号令の下に、艦長以下、厳かに「長門神社」に礼拝された。』

 この記述、何も知らない人なら特にそのまま鵜呑みにしてしまうのではなかろうか。実はあちこちおかしいのだ。
 まず、長門町という町は過去から現在まで存在していない。現在は「長門市」という自治体があるが、これは戦後に発足したもので戦前は「深川町」と称していた。次に長門駅も存在していない。「長門市駅」も旧「正明市駅」でありこの名前になったのは戦後である。そして長門神社とはいったいどこなのか・・・

 なお、長門の場合は別の複数資料から長門一ノ宮である下関市の「住吉神社」と判明しているので万事休すではある。

軽巡大淀の例

 大淀の艦内神社については、初代艦長が宮崎県の神社から分霊してもらってきたという記述が「航跡の果てに 最強巡洋艦大淀の墓碑銘」(海交会全国連合会,1979)と「滄溟」(海軍経理学校補修学生第十期文集刊行委員会,1983)の二つの本に書かれている。のだが、この分霊してもらってきた神社について、どちらの本も宮崎県下に存在しない「大淀神社」と書かれているのである。

 存在していない神社に行くはずもないのでどこかの神社には行った筈なのだが、それがどこなのかいまだに判明してはいない。なおネットでは戦艦日向と同じ宮崎神宮だという情報もあるが、ソースが見つからない謎情報である。また、護衛艦おおよどについては小戸神社が分霊されたが、これもあくまでも護衛艦のほうであって軽巡洋艦のほうは不明なのである。

 この二つの本の記述について、これも推測でしかないのだが、「滄溟」の記述が「航跡の果てに」を参考にして書かれたのではないかと思われる。要するに「航跡の果てに」の怪しい記述を参考にして後発の本にそのまま書かれてしまった可能性がある。
 複数の本に書かれているからといっても安心できないのである。

重巡羽黒?の例
酒田新聞 S10/7/24より

酒田新聞 S10/7/24より

 新聞なら間違えない。そう思っていたこともありました。

 次の記事。何をどう勘違いしたらこうなるのかという感じだが、実は「重巡最上」と「重巡羽黒」の分霊についての報道をまるっと全部取り違えている。記事は昭和10年 1なのでこれは重巡最上のものである。どうしてこうなった。
 ご丁寧に神社も羽黒神社になっており(最上は月山神社)、見た感じはどこにも問題が無いように見える。
 なお、同酒田新聞の昭和4年5月12日の記事にはちゃんと羽黒の分霊記事が掲載されており、何をどうしてこうなったのかよく分からない。

 ちなみに羽黒は山形新聞 2でも造船所を間違えられたりしており不遇。

 まぁこのレベルの間違いなら逆におかし過ぎて気づくので大丈夫なのだが、怖いのはコワイ・・・

インターネットに広まる悪意の無いデマ

 いわゆる「まとめブログ」の事例を見ていただけると分かるが、どんなに根拠の無い適当な情報であってもものすごい勢いで広まってしまうのがインターネットであり、それは艦内神社についての情報も同じである。

 何度も書いているが、艦内神社の研究はまだやわらかい豆腐のようなものである。それゆえに出所不明の根拠なしな謎情報であってもそっちのほうが広まってしまうことは度々ある。
 よく見かけるものについては「雷神社(横須賀)は駆逐艦雷の艦内神社」とか「潮神社(熊本県湯前町)は駆逐艦潮の艦内神社」とかいうものがあるが、これらは名前つながり以外に一切根拠が無いぶっちゃけデマ情報である。

 他にも重巡衣笠と衣笠神社、重巡古鷹と古鷹神社、空母瑞鶴と橿原神宮などいろいろあり、もはや語りきれないので「艦内神社不確定情報まとめ」のページを設置している。そちらを参照されたい。

 これらはあくまでも「悪意の無いデマ」だとは分かっているのだが、それだけに厄介なところもあり、このサイトから正しい情報を流して訂正していければ・・・と考えている。

次:艦内神社不確定情報一覧

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Notes:

  1. 羽黒は昭和4年竣工
  2. 山形新聞 S4/4/27「巡洋艦羽黒艤装工事完成」において川崎造船所と誤記
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